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自分を愛せなかった僕がライフコーチになった理由


あらがえない人生の大きな波に

会社を経営して18年。僕はいわゆる3代目社長です。

創業した祖父も2代目の父もとにかくバイタリティ溢れる人でした。
人との接し方も上手で社交性があり多くの人を巻き込みながら事業を拡げていけるような、僕とは正反対のタイプの人でした。

そんな姿を見ていたこともあり、僕は三男だし絶対に家を継ぐまいと決めていました。大学を卒業するとさっさと家を出てエレクトロニクス系メーカーの営業マンとして働きだしました。当時のエレクトロニクス業界で見ていた最先端の技術革新は、時代の3年くらい先の世界を知ることができワクワクしました。営業では億単位の金額が動くほどの大きなプロジェクトを担当。ホントに毎日ヘトヘトでしたがとにかく刺激があって楽しく、土日の深夜まで働いていても全く苦にならなかったほどです。

僕の営業スタイルは決まったお客さまと深く誠実に付き合うことで多額の契約をしてもらう仕事でした。仕事自体もチームではなく、個人で自由に動いて数字を作るカタチだったので、引っ込み思案な僕の性格にも合っていたんだと思います。

父が体調を崩したのは、そんな僕が猛烈に働いていたころ。
僕は相変わらず忙しく病気の父のことはどこか他人ごとのような感覚で、実家に帰ることもほとんどありませんでした。

2000年に父の容態が急変し亡くなったことを仕事中に知らされました。忙しかった毎日が突然強制ストップし、何もかもが一変するような事件でした。父の会社は急遽、兄が引き継ぐことになりましたが、莫大な負債を抱えていました。
何とか回復を図ったものの兄はエレクトロニクス分野では素人だったこともあり2年たっても回復の兆しはなく苦戦していました。

父の死に対して、ほとんどかえりみなかった自分を責めていた僕は同じエレクトロニクスの業界ということもあり、この時思い切って会社を引き継ぐ決断をしました。決断したというよりも、すでにあらがうことのできない大きな人生の波にのみ込まれるような感覚でした。(もう自分がやるしかないか、、と)

当時勤めていたエレクトロニクスの会社では年間数十億のお金を扱っていましたが、家業は数億円の負債で先行きも見えない状態。仕事の規模も天と地ほどの差がありカルチャーショックを受けました。さらに今さら何をやってもこのままでは立ち行かないという状況の中、毎日絶望するしかないという苦痛の日々を送っていました。


『今やらないでどうする?!』という心の声に従って

親から会社を継ぐという宿命は、自分で選んでできることではありません。
(婿に入るというのとはまた違う感覚のはずです)

これは自分の人生なのか、それとも親の人生のレールの続きなのか?
スキルも経験もない僕が、ある日突然走り続けるボロボロの列車の運転席に急に座らされて右往左往。
後ろには既にたくさんの従業員とその家族が乗っているという状態。

燃料が尽きたら二度と動かせない列車です。ゆっくり立ち止まって考える余裕などありませんでした。頑張るとか、一生懸命とか社員を守るとかそんな綺麗でカッコイイものは全く無く、ただただ、『今日もなんとか生き延びた』そんな毎日の繰り返しでした。これは経験したものにしか分からない苦悩なのかもしれません。

僕は父の病気に向き合わずに見殺しにしたんだ。そのせいで罰が与えられたのだと。
一生苦しんで償うのが自分に課せられた罰なのだ。とそう信じていました。

当時、僕は新婚で息子が生まれたばかりのタイミングでした。そんな妻に心配を掛けまいと、僕は安定した企業をやめて借金だらけの家業に入り、先行きも見えない状態だなんてとても言い出すことはできずに毎日絶望していました。

絶望のドン底まで心が沈んだある日、少しづつ心境に変化が出てきました。
最悪の事態の中でも唯一救いだったのが、以前の会社では数十億円の営業実績を作ってきたという経験です。
月に数百万円位ならすぐに稼げるんじゃないか?という根拠のない自信が湧いてきたことです。

これまでがむしゃらに頑張って成果を出してきた自分なら現状を変えられるんじゃないかと。
まずは気持ちを切り替えて、片っ端から営業に回ることから始めました。

ここから、なにかスイッチが入ったように行動を始めました。とにかく片っ端から営業を仕掛け、さらにビジネスやマーケティング戦略についても手あたり次第学ぶことで打開策を模索し続けたのです。

ひとり身ならどんなに楽だっただろう。こんな状況でも守らなければならない家族がいるという苦しみは父の死に向き合わなかった自分への罰なんだ、という懺悔の気持ちもありました。一方で家族がいるから頑張れたという自分も確かにいました。毎日ヘトヘトになりながら、そんなことを7年くらい続けていると徐々に景気の回復に伴い業績も回復してきました。

ただ、いつ倒れるとも分からない体力勝負もいつまでも続けられないと思い、社長業についてさらに勉強を深めました。
企業規模によって社長のやるべき仕事が違うということに気付始めました。ウチのような小さな規模の会社の場合、社長の仕事はマーケティング戦略と仕組みづくりにあるのだ、と確信しました。そこからあらゆるマーケティングの本を読み漁りました。

そこで行き着いたのが企業向けのECサイトを自分で作るということでした。10年以上も前、まだどこの会社も自社ホームページしかないような時代において、ドットコムサイトと呼ばれるオンラインで主力商品やコンセプトに専門特化した、お客さま目線で商品を紹介するサイトは珍しく同業他社でやっている会社は1社もありませんでした。
正直まったくどうなるか分からないという不安も抱えていました。

ECサイト制作は当時はまだ一般的ではなく、一から構築するためにとてつもなく大きな投資が必要でした。
これがこけたらアウト!というような社運(人生)をかけた挑戦でした。

でも、学べば学ぶほど「やらずにはいられない」という心の声に逆らえなくなり、
「今やらなくてどうする?!」という気持ちが湧いてきたのです。

不安を抱えながらも進むしかない、という新規事業への挑戦。
スタートしてから少しずつネット検索で見込客が集まるようになり、営業に行かなくてもECサイトから注文が入るようになりました。マーケティングやコピーラーティングの勉強を必死にしながら、効果がありそうなアイデアをどんどん取り入れて、オフラインで研究会を立ち上げたり、自社セミナーを定期開催したり、徐々にブランディングを強化しながら業績を伸ばしていきました。

ECサイトから24時間体制で注文が入り続けるということは、今までのようにがむしゃらな体力勝負の営業をしなくてもよいということです。今思うと深い信頼関係を作る営業という仕事は好きだけど、売り込みするのは大嫌いという僕らしい戦略でした。

ECサイト戦略が当たった後、さらに同じターゲット向けに複数のWEBサイトを立ち上げ、お客さまが求めているものをクロスマーケティング的に提案する手法を試し始めました。こうして最小限の人員で大きな業績を上げる仕組みを構築できたのです。ようやく負債を完済できたのはさらに8年後。会社継承してから15年の歳月が経っていました。

なぜ人のために頑張れば頑張るほどバランスを失っていくのか?

当時、ゼロから作ったビジネスは少しずつ安定してきたのですが、これまで自己犠牲をやり続け、仕事に没頭してきたあまり、家族、パートナーシップ、社員やメンバー同士の不本意な人間関係が重くのしかかってきていました。

自分は社長として身を粉にしてがんばっているのに、なぜみんな幸せそうにならないのかとイライラしていました。
みんなに恩返しがしたいのに、どうしたら幸せになってくれるのか? 僕は一体何が出来るのか?と。

もっとみんなの負担を減らすには、自分がもっと頑張らなければ。
もっと勉強して、みんなにとって居心地のいい環境を創らなければいけない。
そんな事ばかり考えていました。

ところが現実は全くの裏返しでした。

『なぜ人のために頑張れば頑張るほどバランスを失っていくのか?』
『どうすれば周りのみんながお互いに尊重し分かり合えるのか?』
『なぜ頑張り続けるほど望まない現実が繰り返されるのか?』

答えを探し続けました。

チームビルディングやコミュニケーションスキルについて勉強したいと思い、そのころから心理学やコミュニケーション系のスクールでいろいろと学びを深め、そこで初めてNLP(神経言語プログラミング)の門をたたきました。

有効な対人スキルを学ぶつもりが一転、その時経験したことは、徹底的に『自分自身と向き合う』という体験でした

『あなたの“犠牲”の上に、あなたの大切な人の“幸せ”はないよ。』

かつての先生から頂いた一言です。

頭をハンマーで殴られるとは、きっとこういうことなのでしょう。
人の為、みんなの為と言いながら、

■自分をないがしろにしてきた人生
■自分を大切にしてこなかった人生
■完全なる自己愛の欠損。自己尊厳の欠落

こんな人間が人を幸せにできるはずがない。とズバッと突きつけられてしまったのです。

なぜ人のために頑張っている事がいけない事なのですか?

と、僕がよく理解できずにいると、ただ一言

「もがきなさい」

と、そして真剣な眼差しで

「自分を大切にすることだけをやりなさい」

とおっしゃっていただきました。
これが先生から頂いた最初の僕の”人生の課題”でした。

そう。人生を変える最初の一歩でした

純粋に“自分のためだけに何かをする”という経験をたぶん僕は人生で一度もしたことがありませんでした。
その後、何をしてよいのかも分からず1週間ほどは混乱して仕事も手につかない状態でした。

藁をもすがる思いで「自分を大切にする」というキーワードでネット検索してみたり片っ端から意味を調べたりしました。
そこで感じたことを言語化し、自分を大切にするために自分がうれしいと感じることを毎日実行する生き方を始めることにしたのです。

具体的に何をやったかというと、ずっと作りたかった会社の事業計画書を作ったり、理想の人事システムを考案したり、
(慣れていないのでどうしても仕事っぽいものになってしまいました。笑)

こうして毎日やったことと感じたことを日記のように記録を付けながら、普段まったく意識を向けてこなかった自分というものと少しづつ対話ができるようになってきました。すると、やることも少しずつ変化してきました。

例えば自分のためにランニングをはじめたり、一日中好きな本を読んでみたり。
そんなある時、僕にとって一番勇気のいる挑戦をしました。

それは、『家でご飯を食べる』ということでした。

結婚してから十数年、ほとんど家でご飯を食べたことがありませんでした。
平日は何時に帰れるか分からないのではじめから家では食べなくなり、いつの間にか習慣になってしまいました。

僕にとって、家でご飯をゆっくり食べるということは、会社をサボるということを意味していました。ただでさえ父親が深夜まで働いても会社は苦しかったのに、自分みたいに経験も少ない社長が会社を放り出して家に帰っていいわけがない、と。
また、家族団欒のゆるい幸せを味わってしまえば、2度と厳しい決断の世界に戻れなくなってしまうのではないか、という怖れもあったのです。

いずれにしても会社が無くなるということは僕にとっては家族、仕事、お金のすべてを失うということ。
つまり死に直結する恐怖でした。

それは帰れるはずもありませんね。でもやってみたんです。怖れていた家族団欒を。
やってみたら何も起きませんでした。(笑 

むしろとても穏やかな気分になりました。
次の日そんな気持ちで会社に行くと、心なしか会社のみんなの雰囲気も良くなったような気がしました。何か手を加えたわけでもないのに、どうして会社の雰囲気が明るく穏やかになったのだろうととても不思議な気持ちになったのを覚えています。


心の底から湧き上がる『感謝』の気持ち

そうやって少しずつ毎日満たされることをやっていきながら、そこで感じた感情を書き綴っていくと、ほどなくしてそこで体験したのは心の底から湧き上がる「感謝」の気持ちでした。

今、自分がこうしていられることが、どれほど有難いことなのか。
ひとり黙々とランニングをしながら周りの人への感謝がとめどなく溢れてきて毎日毎日泣いていました。

自分がみんなのためにやっているどころか、真実は家族や周りの人達が自分のすべてを支えてくれていたのだ、ということにはじめて気が付いたのです。

あなたが今、本当にやりたいことは何ですか?

課題をくれた先生にそのことを伝えると、
先生は全てを分かっているかのように何も言わず、ただ一言こう問いかけてきました。

「あなたが今、本当にやりたいことは何ですか?」と。

真っ先に湧き上がってきたのが、「人の輝きを引出すコーチングをやってみたい」という想いでした。

それは考えて答えるなんていうものではなく、全身で『BIG YES!』というような内側から溢れる喜びからの答えでした。
人が輝く姿を見たい、人が感謝と喜びから自分の人生をイキイキと発揮する姿を応援できたらどれほど素晴らしいだろうと。

そんな心からの幸せを感じてもらえることに貢献したい。それが僕にとっての喜びだと気づいたんです。

すぐにコーチングの学校に通い始め、半年間学んだあと、その後わずか2か月で100人にコーチングをするという目標を掲げて達成し、そのままさらにプロコースに進み数百人のコーチングを実践し晴れてプロのライフコーチとしての活動を始めました。


何かを手放してください

僕にとって祖父の代から続いた会社は、ずっと自分のものじゃなかったんです。
これまで父親への懺悔の気持ちで『会社を潰してはならない』『なんとか維持しなければ』と償いの気持ちで自己犠牲を続けてきました。

ですが様々な素晴らしい方たちとの出会いや学びの体験を通じて、僕は改めて大事なことに気が付きました。

その時、コーチから『何かを手放してください』と言われました。その先に答えがあると。

今、手放すもの。。。

ようやく分かったのです。
それは、『父親を見殺しにしたという罪悪感』なんかではありませんでした。

今、本当に手放すべきものは『人の為、会社の為』と、誰にも否定しようのない大義名分を振りかざして、
『本当の自分の人生を生きること』からずっと逃げ続けてきた自分だったのです。

手放すのが怖いから自分の人生にチャレンジしたくない。
僕はこれを達成するために、『父親を見殺しにした罪悪感』を持ち出して、決して安全領域から出ることなく、
必死に頑張る自分を演じ続けて悲劇のヒロインのように生きてきたのです。

手放すべきは、この“弱くてズルい自分自身”でした。
僕は、両親からもらった素晴らしい才能やリソースを発揮することなく、弱く、ズル賢く、偽善的に生きてきたのです。
しかし、これが最大の親不孝であると気が付きました。

本当の親孝行とは、『子供の自立』です。

だからこそ、自分が持って産まれた天賦の才能を発揮し、命の喜びに向かって自分を発揮していくこと。
それが親孝行なのだと身に染みて分かったのです。
親孝行は自分次第でいつでもできるのです。親が生きているかどうかなんて全く関係ありません。

十数年の歳月を経て会社の負債を完済できた今、ようやく親孝行ができる時がきたのではないかという気持ちになりました。
その時に天国の父から「もうお前の好きなことをしたらいいよ」と言ってもらった気がしたのです。

この授かった命を、
僕が僕らしく『ありのままの自分を生きる』ことが一番の親孝行なんだ、と。


もしかしたら、生きているときは仕事ばかりでほとんど家に帰ってこなかった父が、死んでからずっと僕に試練を与え続けて子育てしてくれていたのではないかと思えてきました。これまでの辛かった道のりにも感謝の気持ちが溢れてきたのです。

自分という人間は何に喜び、何を探求したがっているのか?

この時に初めて、本当の自分と繋がり
『誰に認められなくても、誰に褒められなくても、本当の自分の人生を生きよう』と決心したのです。

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当時の僕と同じように、何かに囚われるようにがむしゃらに頑張ることに没頭し、自分の人生の目的を見失いかけている誰かのために、「これこそが本当の自分なんだ」という喜びを感じ、自分自身のリーダーシップに従って人生を生きていく、そんなお手伝いができたらこれ以上の幸せはありません。

世の中の人が、より自分らしい人生を自分の選択で生きるために、「自分を知り、自分を受け入れ、自分を愛し、自分を活かす」そしてそのことが誰かの貢献に繋がるという生き方を心から応援していきたいと思っています。

僕が見つけたものは、勉強や知識を増やしたからではなく、深く自己と向き合い、鎧を手放し続けた末の
『本当の自分を生きるとは何か?』という問いなんだと思います。

答えはまだ分かりません。今まさに探求の途中です。
この問いを生きる。ということこそが人生そのものなのかもしれません。

僕はこの年になってから、今までのキャリアとは全く関係のない初めての世界にチャレンジするという体験をしました。
まるでスカイダイビングのように未知の空に無防備な身体を放り投げるような不安とワクワクの入り混じった体験でした。

しかしそこには世界への絶対の『信頼』がありました。

これは僕の生まれてきたミッションに違いないという信頼です。
そしてこれまでの人生のすべての経験がこのミッションのためのリソースになっていたのだと。

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自分の創りたい世界をイメージし、自分自身がその体現者として今を生きていくと決めた瞬間から人は生まれ変われる。
そしてそれはいくつになっても、いつからでも新しいスタートができるのだということを証明していきます。

もっとまわりにいる大切な人を幸せにしたい。
理解し合いたい。真実を分かち合いたい。 
人のためのではなく、自分の喜びから行動していく事で
与えること、受け取ること、求めることの循環が回っていく世界を体験してみたい。
本当の自分でいられる歓びを感じたい。
自己愛。自己受容。自己信頼から生きてみたい。

この世界で起こる全てのことは、わたしが何者であるのかを教えてくれるメッセージなのです。

私は、わたしを超えた大いなる命の源(ソース)に繋がり、
今この瞬間にも放たれようとする未来をこの身体を通して感じ取り、受容し、発揮し、体験していくだけです。

『わたしはどこから来たのか  わたしは何者なのか  わたしはどこへ向かうのか』

この問いを生きることが“人生の目的”を生きるということだと信じています。


本当の“わたし”を生きるとは

誰に認められなくても、誰に褒められなくても、本当の自分の人生を生きよう。
他者の期待に合わせる人生じゃなく、自分の期待に応える人生を。

■人は本当に自分らしく生きたい(自分が大事にしている価値観を尊重して生きたい)
■環境や状況の犠牲者として生きるのではなく自分で主導権をもって選択して生きたい
■どんな過去だとしても今を味わい尽くして、豊かな人生を重ねて生きていきたい


そんな“願い”や“祈り”があなたの中にもあるのではないでしょうか。

GIFT life コーチングを通じて、あなた自身の本質を理解し、心の内側に在る深い愛と歓びの感情を感じていくことで、何が起きてもしなやかに自分を信じ続ける味わい深い人生になることを願っています。

GIFT life コーチングがその一助となれれば、僕にとってこれ以上の喜びはありません。

あなたとお話しできることを心から楽しみにしております。

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